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30代男性既婚子持ち - 七五三とは?起源から現代までを分かりやすく解説

 

 

どうも、30代/男性/既婚/子持ち/による育児応援ブログです

 

 

 自己紹介 

 

・この記事の時点で社会人歴約13年

・副業・ブロガー歴約4年

・2児の父(1歳と3歳)

 

 

 

七五三とは?起源から現代までを分かりやすく解説

 

七五三(しちごさん)は、日本の伝統的な子どもの成長儀礼です。

 

3歳、5歳、7歳という節目の年齢に、神社で健やかな成長を神さまに感謝し、これからの健康と幸せを祈願する風習ですが、実はその背景には、平安時代の貴族文化、江戸時代の武家社会、そして明治以降の国家政策と、さまざまな歴史が関わっています。

 

この記事では、七五三の意味や歴史的背景、なぜ今でも続いているのかを解説します。

 

 

1. 七五三とは?

 

 

七五三は、子どもが 3歳・5歳・7歳 という節目の年齢を迎えた際に、無事に育ったことを神さまに感謝し、これからの健やかな成長を願う行事です。

 

正式には毎年11月15日が七五三の日とされていますが、近年では10月〜11月の土日祝を中心に、写真撮影や参拝が行われます。

 

年齢 性別 意味
3歳 男女 髪置(かみおき):それまで剃っていた髪を伸ばし始める節目
5歳 男子 袴着(はかまぎ):初めて袴を身につける
7歳 女子 帯解(おびとき):帯を締める着物を着るようになる節目

 

 

2. 七五三の起源:平安時代の通過儀礼

 

 

七五三という言葉は江戸時代以降に生まれましたが、そのルーツは平安時代の貴族社会にあります。

 

当時は次のような儀式があり、これが七五三の基礎となっています。

 

髪置(かみおき) – 3歳前後

 

平安時代、貴族の子どもは生まれてすぐに髪を剃る風習があり、3歳ごろに髪を伸ばし始める「髪置の儀」を行いました。綿を頭に乗せて長寿を願う儀礼もありました。

 

 

袴着(はかまぎ) – 5〜7歳ごろ

 

男女ともに初めて袴を着る儀式です。

 

陰陽師に吉日を選ばせ、親族が見守る中で行われた通過儀礼で、社会の一員として認められる重要な節目でした。

 

 

帯解(おびとき) – 7〜9歳ごろ(特に女児)

 

紐付きの子ども用の着物から、本式の帯を締める着物へと着替える儀式です。

 

少女が「一人前の女性」へと成長することを祝うものでした。

 

 

3. 戸籍制度と年齢の明確化:明治時代の七五三普及のカギ

 

 

江戸時代以前は「数え年」が主流で、誕生日や年齢は正確に記録されていませんでした。

 

成長を祝う儀式も「この子はそろそろ帯を締めてもよさそうだ」など、成長段階を目安に行われていたのです。

 

しかし、1872年(明治5年)に戸籍制度が導入され、出生・年齢の管理が国によって制度化されると、3歳・5歳・7歳という「年齢基準の通過儀礼」が全国に広まりやすくなりました。

 

 

4. 国家神道と七五三の一般化

 

 

明治政府は、天皇中心の国民統合を目指して、神道を政治的に制度化しました。

 

これがいわゆる「国家神道」です。

 

国家神道では、神社参拝を「宗教」ではなく「国民の義務的儀礼」と位置付け、学校教育にも「忠君愛国」の思想を取り入れました。

 

この流れの中で、七五三も神社参拝を伴う家族行事として制度化・一般化されていきました。

 

また、都市部では写真館の普及により「着物を着て神社に行き、記念写真を撮る」ことが中産階級に定着し、七五三は文化的イベントとして広がりました。

 

 

5. 終戦後、国家神道は廃止。それでも神社参拝が続く理由

 

 

1945年、GHQによる「神道指令」により、国家神道は廃止され、神社と国家の結びつきは断たれました。

 

しかし、それでも神社への参拝や七五三が続いているのには、いくつかの理由があります。

 

1. 神道はもともと「生活文化」だった

 

神道は経典や教祖を持たず、初詣・地鎮祭・七五三などの生活に根ざした文化的慣習としての性格が強かったため、国家制度がなくなっても自然に残ったのです。

 

 

2. 民間神道として継続

 

国家神道が廃止された後も、地域の神社や家庭での神道的儀式は「民間信仰」として続けられたため、神社文化は途絶えませんでした。

 

 

3. 七五三は「宗教行事」ではなく「家族行事」として受容された

 

七五三は「神さまに感謝する」という要素を持ちつつも、宗教性を前面に出すのではなく、「記念日」「節目」「家族の祝い事」として広く受け入れられました。

 

 

6. なぜ10月〜11月に行うのか?

 

 

正式な七五三の日は11月15日。

 

これは江戸時代、徳川家光の息子・徳松の健康祈願を行った日に由来します。

 

明治以降、その日が全国的に固定されました。

 

また、10月〜11月は

  • 気候が穏やかで着物に適している
  • 秋の祝日が多く、家族で予定を合わせやすい
  • 写真館・神社が七五三用サービスを集中提供する

といった理由から、実際の参拝はこの時期に集中しています。

 

 

7. 神社でのご祈祷はいつでも可能?

 

 

七五三のご祈祷は、基本的には一年中可能です。

 

10〜11月以外でも対応してくれる神社が多く、混雑を避けたい人にはオフシーズンの参拝もおすすめです。

 

時期 特徴
10〜11月 正式シーズン。混雑するが雰囲気が出る
前後の月 空いていて、ゆっくり参拝できる
通年 家族の都合に合わせて行える(要確認)

 

 

まとめ:七五三が今も愛され続ける理由

 

 

七五三は単なる行事ではなく、「子どもの成長を祝い、家族で人生の節目を共有する」日本の豊かな文化的伝統です。

 

国家神道という制度がなくなっても、神道的な文化は生活の中に自然に根付き、今も静かに生き続けています。

 

初詣やお宮参り、七五三などを通じて、私たちは先人から受け継いだ“心のあり方”に触れているのかもしれません。

 

以上です!

 

 

 

 

 

参考文献など

 

七五三の歴史・通過儀礼に関する文献

  • 小松和彦(編)『日本民俗文化大系 第1巻:人生儀礼』小学館、1991年
  • 落合直澄『日本年中行事辞典』東京堂出版、2003年
  • 宮本常一『民俗学の旅』講談社学術文庫、1984年
  • 山折哲雄『日本人の宗教心』岩波新書、2001年

平安時代の貴族文化・育児儀礼

  • 服藤早苗『平安時代の女性と子どもたち』吉川弘文館、2006年
  • 倉本一宏『平安貴族とは何か』中央公論新社、2003年
  • 『源氏物語』『栄花物語』などの古典文学に見られる育児儀礼の描写

明治時代の宗教政策・国家神道

  • 島薗進『国家神道と日本人』岩波新書、2010年
  • 安丸良夫『近代天皇制の思想構造』岩波書店、1970年
  • 神道指令(Shinto Directive):GHQ/SCAP, SCAPIN-448, 1945年12月15日
  • 文部省『教育勅語』1890年(原文および解説書多数)

戸籍制度・数え年文化

  • 佐藤信『日本古代の戸籍制度』吉川弘文館、1990年
  • 梅棹忠夫『文明の生態史観』中央公論社、1967年
  • 鈴木靖民『年中行事の歴史と文化』吉川弘文館、2004年

現代の七五三・生活文化

  • 国立国会図書館「レファレンス協同データベース」七五三関連事例集
  • 神社本庁・各神社の公式サイト(例:明治神宮、氷川神社、川越八幡宮など)
  • 島薗進『神道とは何か』中公新書

 

 

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